卒業……そして教員免許授与

先日、大学を卒業し、同時に中学校(社会)、高校(地歴・公民・商業)教員免許が授与されました。

大学では経営学を学んでいました。経営学は幅広いですが、その中でも特に会社法や商法・労働法などの企業法務について専攻していました。経営学の中でもマーケティングや経営労務など専攻を選べる中で、学科の中ではマイナーでしたが、企業法務分野は個人的に面白いと感じたのと、高校の公民免許の教科に関する科目に直結することで免許取得に有利に働くことからこの分野を専攻しました。

 

それにしてもまさか自分が商業の教員免許を取るとは思ってもいませんでした。普通高校を出ているので商業科とは縁がないのに。企業法務を専攻したのもそうですが、世の中わからないものだなあと感じています。きっとこれからも予想外のことが起こるのかなと思います。それこそ人生な気もします。

 

4年間長かったようであっという間だった気がします。しかし、4年の間に技術革新と社会の変化は凄まじいもので(新型コロナだけでなく)、今当たり前のようなことでさえ、4年前には考えられないことが多々あります。

例えば、筆者の好きなカメラは4年前はまだまだ一眼レフ(OVF)優勢でCanonNikonが2大勢力でした。ですが今はどうでしょうか。ミラーレス(EVF)が圧倒的に優勢で、王者Sonyに猛追するCanonという構図。名門ニコンは振るわず、オリンパスのカメラ事業は投資ファンドに売却されてしまいました。もちろん暗い話題だけでなく、appleはM1チップという画期的な自社製CPUを開発したり、AMDRyzenシリーズでIntelを猛追し、PC向けCPUでほぼ独占的な地位を占めていたIntelの牙城を崩したり。

 

話を戻すと、卒業式は久しぶりに友達と話す機会があり、当たり前のようなことですがやっぱり嬉しかったです。そして、4年間かけて取得した教員免許がようやく手元に来ました。手元に来たのは厚紙ですが、それでも時間をかけただけあって達成感はすごかったです。

 

免許の授与をするにあたって教職課程を履修していた人達で集まりました。筆者は違いますが、免許取得者の中には教師として春から中学校や高校に赴任する人、講師として教壇に立ちながら再び採用試験を受ける者、企業に就職しながらも目指すものなど様々です。教員の世界(特に小中学校)では新卒1年目であっても普通に担任になり、部活動の顧問になることがあります。民間企業で言うなら入社数日後には取引先に営業に行き契約を取ってくるようなものです。もちろん研修はあるものの、授業と平行する形になります。それでも生徒の前では隣の教師と同じ教師なのです。私が研修をする頃、彼らは生徒の前では1人前に振る舞い、立派な模範となるような大人として認識されるのかと考えると、なんだか不思議な感覚になりました。

 

それでももう学生生活最後という時間が沸かなかったのが不思議なことです。友達とは当たり前のように普通に話せてるし、いつものようなくだらない話とかも普通にしていました。また次会えるような気がして。実際には私の大学は全国各地から学生が集まり、卒業後はまた全国各地に散っていくのに。会場までは鉄道で行きましたが、なんだかスーツを着ているせいか就活生だった頃のように新幹線に乗って、そのまま東京に行きそうな気分でした。とても最後とは思えませんでした。

 

そして、帰宅して思ったことがあります。大学のポータルサイトにアクセスしてももうログインできません。このとき初めて、もう学生生活が終わってしまった……と少しさびしくなってしまいました。会場にいるときは学位記をもらっても、いつものように友達もいるし実感が沸かなかったのですが、このときようやく卒業を実感しました。

 

月曜日の午後、のんきにブログを書きながらゆっくり過ごしていますが、もうこんな暇な生活も終わりです。カレンダーをめくればもう職場で研修です。もうすぐのことなのに想像すらできません。性格的に期待というよりは大丈夫かなという不安のほうが大きいです。

 

いつまでも週休5日くらいで暇な大学生活が続けばいいのにって思ってしまうこともあります。しかし、自分の意思で就職活動をしたわけですし、会社も自分で選んだわけであって自分の選んだ道なので。もちろん後悔はしていません。大学院に行きたいわけでもないので。時間は有限だし、もしもということはこの世の中に絶対にありません。

それに、社会人にならなければ一般的には責任もありませんが、(金銭的な)自由や信頼もありません。いつまでも親に援助してもらうわけにはいきません。筆者は学費を出してもらっていたこともあり一層です。マンキューの経済学入門で出てきた経済学のトレードオフを思い出しました。責任も当然今まで以上にありますが、その分の対価としてお金をはじめとした自由と自分の信頼を築けるわけで。

散々飛行機を撮って地下アイドルのライブに行ってチェキを撮ってたので遊びまくっていた方ですが、もう時間を気にせず自由に遊べないのは寂しいですが、自分の次のステージに向かうにあたって避けられないものなので仕方がないです。友達だってときに環境の変化で別れて、そして新たに知り合ってですし、新しい環境で頑張っていくしかないのかなと思います。もちろん働くことは良い事だらけではありませんが、それでも学生と比べていいことだってある、そう思って。

 

というわけで最後は悲観的な感じになってしまいましたが、決して働きに行きたくないと鬱になっているわけではありません。不安という感情がメインなわけで。とにかく無事に大学を卒業できて、就職もできて本当に嬉しい限りです。いくら大学進学率が上昇してるといっても、進学できない人や卒業できずに中退する人も数多くいるわけで、本当にありがたいことです。特に教育学部でないのにも関わらず中高の教員免許を4つも取得できたのは、親の理解があったからこそだと思っています。

 

4月からはのんきにブログを書いたり、Twitterをしている暇もなくなるはずなので(4年次の1年間があまりにも暇すぎた)、更新頻度は落ちると思いますが、今後もよろしくおねがいします。