志賀高原 勉強合宿の聖地

筆者の職場には長野県出身の職員も結構いるのですが、偶然にも志賀高原の話題になったとき、「志賀高原といえば4泊5日10万円で勉強合宿で行きましたね」と言ったところ長野県出身の方から「普通スキーとかでしょ?」と言われてしまいました(複数人の長野県民から同じことを言われました)。

導入はさておき、ちょうど人生3本の指に入るくらい地獄だった志賀高原の勉強合宿からちょうど10年だったので振り返ります。

ちなみに泊まったところはここです

shigalake.jp

受験の勉強合宿といっても中学受験、高校受験、大学受験、学校主催、塾主催など色々ありますが、志賀高原の地獄の勉強合宿は塾主催の高校受験のものです。群馬県では有名なW〇稲田ゼミと並ぶ名門う〇い学園です。

当時のスケジュールは朝出発して、今は亡きおぎのや長野店で昼食兼決起集会的なものがあり、午後一でホテルに入っていきなりテストです(確か500人くらいで観光バス何十台も貸切っているので規模もえげつないです。ホテルも1つでは入りきらず、3つに分けていました。当然校舎もたくさんあります)。そしてそのあとは授業と演習の繰り返しです。初日から夜12時くらいまでやっていました。

文章にするだけでも初日からハードですが、2-4日目が一番ヤバいです。朝6時くらいに起床即ラジオ体操、朝ご飯食べて8時前から授業です。昼を食べてまた授業。一応間に多少の休憩と演習及び質問コーナーのようなものがありました。夕方には唯一の楽しみ?ともいえるホテルの周りの蓮池を1時間くらい探索していました。その後夕飯とお風呂でまた授業です。多分10時~11時くらいまではあったと思います。流石に…と思いますがその後更に部屋に戻り(5人1部屋くらいでした)、1時過ぎまでやっていました。

そして最終日はテストをして、部屋ごとの成績が貼り出されたり、最初のテストからどのくらい点数が上がったかを勝負したりして異常なハード合宿は終わります。

塾講師以外にも高校生が各部屋に1人充てられていたのですが、高校生たちはサポーターという形で勉強の指導や、合格体験談などを話したり、悩みを聞いてくれたりしたのですが、彼らも私たちと同じ時間かそれ以上に起きていたので一番ヤバいのはそれだと思います。今考えれば(彼らもかつて合宿の参加者でありました)。

名誉のために追記しますが、さすがに今はここまでハードではないそうです。

今同じことをやれと言われたら間違いなくできません。断言できます。やりません()

しかし、この時は何としても第一志望の高校に受かりたい、そのためには何としても成績を上げないといけないというような、一言で言えば切羽詰まった状況で追い込まれていたからこそできたのだと思います。後はそういう状況の人が自分以外にもいたからこそ、それが当たり前と錯覚するようになり、異常な状況下でも5日間の合宿を過ごせたのだと思います。某漫画(〇月の勝者)のセリフを借りるのであれば、「父親の経済力と母親の狂気」ですが、受験なんて多かれ少なかれ狂気込みです。勉強合宿なんて最たる例です。

ちなみにこの漫画は中学受験のものですが、漫画内に鉄道研究部のある中学校に進学したいという鉄ヲタ受験生が出てきますが、あれはまさに私です。そんな動機でも目標があるとここまで本気になれるのが不思議な位です(趣味持ちは強い)。

よく聞かれるのが結局合宿で成績は上がったのか?とかですが、正直なところ合宿以外にも講習詰め込んでいるので何とも言えませんが、私は12月頃になり成績は上がりました。もちろんすぐに結果が出れば良いのですが、残念ながら即効性はないと思います(個人差も大きいですが)。しかし、夢を見る(目標を立てる)には良かったのではないかと思います。他の校舎の生徒と関わり、視野は広がったと思います。良かったのでは?、意味はあったというのが10年後の答えです。でも二度とやりませんが。

最後に、このとき知り合った仲間と第一志望の高校で会おうと約束しました。そして桜が咲く季節になり一部の仲間と再会したのですが、それは第一志望の高校ではありませんでした。流石にみんなで笑ってしまいました。当たり前ですが第一志望の高校で再会した仲間たちもいたそうです。これが人生です。でもそんな母校に社会人になってからは毎年同窓会費は払っています(2000円くらいで偉そうに言わない)。時が経てば苦い思い出も良い思い出になるかもしれません。

もしよければ、これが結果です

peugeot208.hateblo.jp